美しきアラビア書道の世界
日本には文字を芸術に昇華させる「書道」がある。
人の思いを文字に乗せ、紙の上に綴る芸術だが、同じように文字を使い心を表現する文化がアラビアにも存在している。
しかし、アラビア書道は日本書道のそれとは大きく異なり、単純に文字のみを書くのではなく、絵画や彫刻といった様々な芸術との類似点が多く見られると筆者は考える。
今回はアラビア書道がどのように書かれているのかを紐解き、その美しさについて述べていく。
・「絵」としてのアラビア書道
上記の通り、アラビア書道の芸術性については、絵画などの表現方法に近いものがある。
もちろん文章としての形を崩すことなく描かれているのだが、いったいどういうことだろうか?
まずは以下の作品をご覧いただきたい。
見、線が組み合わさった模様のように見えるが、これはれっきとした文章である。
アラビア文字は、その特性上文字と文字を繋げ構成されるた それを利用し絵 や模様のような作品を作ることができるのだ。
また、俯瞰して作品を見ると格子状に組み合わさった直線や 下部の曲線のそれ ぞれの距離が均一であり、曲線と直線の比率が非常に精巧に組まれていることも 分かる。これはアラビア書道において非常に重要なポイントである。
・「伝えるため」のアラビア書道
書道として文字を美しく描くのはもちろんのこと、アラビア書道においては文字 の色・形・位置さえも利用し、鑑賞者にメッセージを伝える技法がある。
つまり極論アラビア語が読めなくても意味が伝わるように作られているのだ。
次の作品は3色のインクを用いて描かれたものである。
青い部分は直訳すると「あなたこそ上にある(信仰者ならば)」となるが、内容の通りに作品の上部に描かれ、まるで立ち上る煙のように上へと伸びている。
中央の悲しみや絶望を表 た部分は暗く沈むような黒で描かれている。
それを囲うように配置され る作品の大部分を占め、さらに同じ形が2つ配置されている赤い部分は「否定」を意味する。つまり上記の「悲しみ、絶望」という感情を強く否定していることを感じていただけるだろう。
・「信仰」としてのアラビア書道
アラビア書道はイスラム文明の発展に大きく影響を受け、ともに発展した芸術である。そのため作品の文章は、神の言葉である「コーラン」もしくは預言者ムハンマドの言葉が多く用いられている。ムスリムにとって、世界を創造し、守り、慈しんでいるアッラーは唯一神であり、その言葉を受け人々を導いたムハンマドもまた尊敬の対象なのだ。この考えはムスリムにとって非常に大切なものであるため、しばしば作品に投影されることがある。
丸く文章が配置された作品では、その中心にアッラーの名が配置されている。
全ての中心にアッラーがあり、全ての宇宙はアッラーが創造したということを表しているのが一目で理解できる
・「数学」としてのアラビア書道
先述した通り、アラビア書道の芸術性においては直線・曲線の比率が非常に重要な役割を担っている。
その美しさを表現するため、理解するために、書道家たちは長い年月を掛けその形を習得していくのである。
アラビア書道を始める場合、まず全員が通る道は「文字の独立した形を極める」事だ。
文字と文字が連結されるアラビア文字であるが、当然独立した文字が存在している。その形を一つ一つ完璧なバランスで書けるよう鍛錬を積む。
上の絵はアラビア文字の一つを抜き出したものである。
所狭しと並んでいる緑の点は文字の形の比率を示しており、28個あるアラビア文字の全てがこのように厳密に定められている。
日本の書道では文字の形は決まっているが、「とめ」を太くしたり「はらい」を長くしたりするなど感情によって形が大きく変化するが、アラビア書道ではその芸術性を保持するためにこの比率を絶対としている。
そうして鍛錬を重ねた書道化は次なるステップ「連結」に挑戦することとなる。
ナフス体と呼ばれる以下の画像は、全て同じ一つの文字が次の文字によってどのように変化するか表している。
右は次の文字が上に上がる場合の形で、左下がりになっている。これは次に来る文字とのバランスを90度にするためである。
中心は次の文字が下にくる場合で、無駄な空間が生まれないように左側が上がっている。
そして左に位置するのは次の文字が水平に配置される場合の書き方になる。
文字の角度だけでなく、そもそも形すらも変化するのがアラビア書道の特徴だ。
フルス体と呼ばれる以下の画像の文字は、連結によりまったく違う形に変換される。このように文字と文字がつながり変化していくため、全ての書道家たちが1つの文字を習得する際には、全てのパターンを想定した訓練が必要になる。
そして文字のつながりが習得出来た時、ようやく作品としてのアラビア書道に取り組むことができる。今までは文字と文字の繋がりのみであったが、今度は言葉と言葉の組 み合わせ・パターンの選定・記号の使い方・位置などを考えることになる
上が完成品で、下が作品を作る際の構成図である。
一つの作品を書くために距離・構成が綿密に計算されていることがわかる。
アラビア書道はこのような背景の上に成り立つ世界最高峰のアートなのだ。
・「自然の中」のアラビア書道
自然に存在しているものは人の感情をあまねく惹きつける。
アッラーが遣わした全てのもの、果物の形、人間の形、そのどれもが美しく、人々の心を揺さぶった。
アラビア書道はその形が文字になっているため、等しく美しいのだ。
例えばアラビア文字の一番初めにある「アリフ」は人の形を模しているため、ただの棒ではなく曲線になっている。
また、洋梨の美しい形に神の言葉を織り込んだ作品も作られている。
自然界に存在する多くの者にはフィボナッチ数列という、無限に続く構造で尽くされていることはよく知られていることだが、その左右対称の形に感銘を受けた作品も存在している。
この作品は同じ文章を左右対称に描き、織り合わせることによって、その美しさを表現している。
筆者が書道の師匠から賜った言葉で「アラビア書道とは3分の1の構成である」というものがある。
これは黄金比の事であり、アラビア書道においても多く利用されている
アラビア書道とは、人間が紙に表現できる全ての可能性を利用し、生み出される芸術作品である。また、その表現の源はムスリムたちの「神の言葉を人間の持てる力を駆使し、限りなく完璧に美しく表現する」という紙に対する最大の敬意の表し方から来ているものと考えられる。そして神に敬意を表するとともに、全ての人々に対し「人間として良い行動に繋がるように」との思いも込められているのだ。